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横浜地方裁判所 昭和49年(行ウ)23号 判決 1976年4月09日

神奈川県茅ヶ崎市浜竹二丁目二番一二号

原告

秋元利三郎

右訴訟代理人弁護士

増本一彦

畑山穣

神奈川県藤沢市朝日町一丁目一一番地

被告

藤沢税務署長

高橋宗

右指定代理人

仲尾庄一

岩本親志

大沢清孝

渡辺信

丸山喜美雄

岩崎輝弥

蟻坂欣一

野崎悦宏

真庭博

主文

一、被告が昭和三九年七月一一日付でした昭和三七年分所得税更正決定に対する原告の異議申立てを棄却する旨の決定を取り消す。

二、訴訟の総費用は被告の負担とする。

事実

第一、当事者双方の申立

一、原告

主文同旨

二、被告

1  原告の請求を棄却する。

2  訴訟の総費用は原告の負担とする。

第二、原告の請求原因

一、原告は被告に対し、昭和三九年四月一三日付で昭和三七年分所得税更正決定(以下、原処分という)につき異議申立てをしたところ、被告は同年七月一一日付でこれを棄却する旨の決定(以下、本件決定という)をし、その異議決定書が同月一二日原告方に送達された。

二、しかしながら、本件決定にはつぎのような瑕疵がある。すなわち、行政不服審査法第四八条、第四一条第一項は、処分についての異議申立てに対する決定書には理由を附記しなければならない旨を規定しているが、その趣旨は、決定機関の判断が慎重になされることを担保し、その判断が恣意に流れないように公正を保障しようとするものである(最高裁昭和三七年一二月二六日第二小法廷判決、民集第六巻第一三号二五五七頁)。このような法意に照らせば、右決定書に附記される理由の程度は、異議申立人の不服の事由に対応して、その結論に到達した過程を明らかにするものでなくてはならない。しかしながら、本件異議決定書にはその理由として「異議申立について調査したところ、理由がないと認められるので棄却する。」と附記されているだけであり、これだけでは被告がどのような調査をし、どのような根拠に基づいて本件決定をしたのか全く不明である。

このように本件決定は決定書の理由附記が不備である点に瑕疵があるから、原告はその取消しを求めるため本訴に及んだ。

第三、被告の主張

一、本案前の抗弁

1  本件決定を経たあと、原告は東京国税局長に対し、本件異議申立ての不服事由を含む事項を不服事由として、原処分につき審査請求をしたが、同国税局長は昭和四〇年一〇月八日付でこれを棄却する旨の決定をし、原告にその旨を通知した。そこで、いま仮に本件決定が判決によつて取り消されたとすると、右判決の効力により本件決定はその効力を失い、本件決定がなかつた状態に復帰することになるが、本件異議申立後すでに三か月を経過しているので、本件異議申立ては昭和四五年法律第八号による改正前の国税通則法(以下、旧国税通則法という)第八〇条第一項第一号により原告の管轄区域を所轄する東京国税局長に対する審査請求とみなされることになる。しかしながら、前記のように同国税局長は本件異議申立ての不服事由を含む事項を不服事由とする審査請求を棄却する旨の裁決をしているので、右「みなす審査請求」について改めて実体的な判断をする実益がないからこれを却下する裁決をするほかはない。このように右「みなす審査請求」が却下されることが明らかである以上、原告は訴えをもつて本件決定の取消しを求める利益を有しないものというべきである。

2  仮に判決によつて本件決定が取り消された場合旧国税通則法第八〇条第一項第一号の「みなす審査請求」の規定が適用されないとしても、すでに本件異議申立ての不服事由を含む事項を不服事由とする審査請求を棄却する旨の裁決がなされている以上、原告は訴えをもつて本件決定の取消しを求める利益を有しない。けだし、判決によつて本件決定が取り消されたあと、被告が判決の趣旨にしたがい本件異議申立てにつき改めてその決定書に理由を附記した決定をしたとしても、その決定に対し再度審査請求がなされた場合、審査庁である東京国税局長としては、前の裁決に拘束されてこれと異なる判断をすることは許されないから、再度の審査請求は却下するほかなく、したがつて、理由附記の不備を理由に判決で本件決定を取り消す意味がないからである。また前の裁決で十分な理由が示されている以上、被告は判決の趣旨にしたがい本件異議申立てにつき改めて決定をするに当り右裁決に示された理由と同一の理由を示せば足りる。

二、請求原因に対する答弁

1  請求原因第1項の事実は認める。同第2項の事実のうち、本件異議決定書に原告主張のような理由附記があることは認めるが、これが不備であるとの主張は争う。

2  処分についての異議申立てに対する決定書に附記される理由の程度は不服の事由に対応してその結論に到達した過程を明らかにすれば足りるのであつて、異議申立てが真摯なものであつてその不服事由が具体的かつ詳細に示されている場合には、その決定書に附記される理由も詳細でなければならないが、異議申立てが不真面目で、ことさらに行政の執行にいいがかりを付けるようなものであつてその不服事由が法律上無意味なものであるとか、単に不服を唱えるに止まり処分庁の釈明にも応じないなどの場合には、その決定書に附記される理由も簡単なもので足りるのである。しかも右の後者の場合はもとより前者の場合であつても決定書には決定の内容である判断の経過過程まで示す必要はない。けだし、決定書に裁判所の判決書のような詳細な理由の附記を要求することは行政機関に過重な負担を強いる結果となり、国民の権利利益の救済とともに、行政の適正な運営を図ることを目的とする行政不服審査制度の趣旨に反することになるからである。

本件異議申立てにおいて、原告は、その不服事由として第一に被告が原告について何らの調査もしないで一方的に原処分をしたのは不当であること、第二に原告がした確定申告は過少でないことの二点を挙げている。しかしながら、被告は原処分をするに当り原告について可能な調査を遂げているので、右第一点は事実に相違している。すなわち、原処分がなされるまでの間に被告指揮下の税務職員は前後四回にわたり調査の目的で原告方を訪問したが、そのうち三回は原告が不在であつた。このときは原告の妻が応対したが、いずれのときも神奈川県民主商工会藤沢支部(以下、民商という)の事務局員が同席し、原告の妻は家族の名前を聞けば忘れたといい、原告の帰宅時間を訊ねれば夜中なら在宅していると答えるなど、社会常識上理解しがたい答弁をし、その他の質問には一切応答しなかつた。また税務職員は昭和三九年一月二九日、原告方で本人と面接したが、このときも民商事務局員が同席し、本人は質問に全く応答せず、非協力的な態度を示した。そこで、被告は止むなく原告の取引先などについていわゆる反面調査を遂げたうえ、これに基づいて原処分をしたのである。さらに、本件異議申立てについても、税務職員は昭和三九年六月九日、予め都合を確めたうえで原告方を訪問し、本人に不服事由を質そうとしたが、原告は全く応答せず、帳簿書類の提示を求めてもこれを拒否する有様で、その真意がはかりかねた。このように原告の不服事由第一点は事実に相違するのみならず、更正決定をするに際し、納税義務者について調査しなければならない法的根拠もないから、法律的にも意味のない主張である。したがつて、これは税務官庁に対する単なるいいがかりとしかいえない。つぎに原告の不服事由第二点は原告のした確定申告は過少でないというだけであつて、何ら具体的な事由を挙げていない。しかし、更正決定によつて確定した税額が過大であるというならば、原告は自らが正当とする課税標準および税額を相当な資料に基づいて明示すべきであるのみならず、この点についての税務職員の釈明にも応じなかつたことは前記のとおりであり、したがつて、被告は、この点について、補正命令を出しても実益がないことが明らかであつたのでこれを差し控えた次第である。また原告の納税申告はいわゆる白色申告であつて、この場合には推計による更正も認められかつ、更正決定書に法律上理由附記が要求されていないことから考えて異議決定書に附記される理由の程度も青色申告の場合と異なつてよい筈である。以上のように原告の不服事由に対応してみると、本件異議決定書に附記された理由は相当なものであつて、本件決定には原告主張のような瑕疵はない。

3  仮に右理由が不備であるとしても、前記のように本件決定についてはすでに東京国税局長の裁決を経ており、その裁決書には詳細な理由が附記されているので、決定書に附記された理由の不備に基づく本件決定の瑕疵は治癒されたと認めるべきである。

第四、被告の主張に対する原告の答弁および反論

一、本案前の抗弁に対する答弁

1  本件決定が判決によつて取り消されると、行政事件訴訟法第三三条第二項により被告は判決の趣旨にしたがい本件異議申立てにつき改めて決定をする義務を負うのであつて、この場合には旧国税通則法第八〇条第一項第一号の「みなす審査請求」の規定は適用されないと解すべきである。さもないと、同条項括弧書が、同条項所定の場合でも異議申立人があくまで原処分庁の決定を希望し別段の申立てをしたときは、異議申立ては「みなす審査請求」に移行しないで引き続き原処分庁に係属する旨を規定し、異議申立人に行政不服審査法の定める二審制の利益を保障した趣旨が没却されるからである。

仮に右主張が容れられないとしても、本件異議申立ては昭和三九年四月一三日になされたから同条項により審査請求がなされたとみなされる日は同年七月一四日であるところ、被告はそれ以前である同年七月一一日に本件決定をしたので、本件決定が後に判決によつて取り消されると、同条項所定の三か月の期間は当然中断され、本件異議申立てが「みなす審査請求」に移行するには判決後さらに三か月を経過する必要があると解するのが相当である。そうすると、本件決定が判決によつて取り消された場合、本件異議申立ては当然には「みなす審査請求」に移行せず、この場合にはすでになされた審査請求および裁決はすでにその前提を失い無効となる筋合である。

2  本件異議決定書の理由附記が不備であれば、それは本件決定に固有の瑕疵であつて、審査請求に対する裁決とは何の係りもないものである。したがつて、本件決定に瑕疵がある以上、原告はその取り消しを求める利益がある。

二、被告の主張に対する反論

1  行政不服審査法第一条第一項は「国民の権利利益の救済を図ると共に、行政の適正な運営を確保すること」を行政不服審査制度の目的として規定しているが、同条項の規定の趣旨からも明らかなように、同法の下における行政不服審査制度は、国民の権利利益の救済を図ることに主眼をおくものであつて、国民の側からの権利利益の救済の申立てを契機として、当該行政処分の合法性、合目的性を見直し、その結果として行政の適正な運営を確保しようとするものである。このようにみると、仮に被告主張のような不真面目な異議申立てがあつたとしても、処分庁は、これを契機として、当該行政処分が国民の権利利益の保護に欠くことがないかどうかを職権をもつて調査し、これを維持すべきであるとの判断に達したのであれば、決定書にその理由として右判断に至る過程を不服の事由に対応して明記すべきであり、異議申立てが不真面目であるとか、単なるいいがかりであるとかの口実を設けて右の程度の理由附記もしないということはとうてい許されない。

つぎに被告指揮下の税務職員が数回原告方を訪れたことは事実であるが、その際の原告およびその妻の応対の仕方に関する被告の主張は故意に事実を歪曲するものである。すなわち、税務職員が第一回目に来訪したとき、原告が不在であつたので、応対した原告の妻あるいは現場に居合せた民商事務局員が原告が不在で判らないので別に日時を指定してもらえば準備して調査に応ずるといつたところ、税務職員は、民商事務局員とは話をしない、調査日時は指定できないといつて立ち去つた。第二、第三回目の来訪のときも、原告が不在と知ると、税務職員は直ちに帰つていつた。第四回目の昭和三九年一月二九日の来訪のときは、たまたま原告が在宅していたので面接できたのであるが、突然の来訪であり、帳簿書類をすべて民商事務局に渡してあつたので、別に日時を指定してもらえば調査に応ずるといつたところ、税務職員もこれを了解した。昭和三九年七月九日の来訪の際には、予め日時が約束されていたことでもあつたので、原告は帳簿書類を取り揃えて自由に閲覧できるようにし、不服事由について遂一説明をしたのであるが、税務職員は民商事務局員の同席を理由に何ら調査をしようとしなかつた。このように被告は原告について何らの調査も行なわず、補正命令も発しないで一方的に本件決定をしたのである。

2  行政不服審査法第四八条、第四一条第一項は異議決定および審査裁決の書面にはそれぞれに理由を附記することを要求しているのであつて、異議決定にその書面に附記された理由不備の瑕疵がある場合、後にされた審査裁決の書面に適法な理由附記があるからといつて、右瑕疵がこれにより当然に治癒されるわけではない。

第四、証拠

一、原告

1  甲第一ないし第四号証、第五号証の一、二

2  乙第六号証、第八号証の成立は不知、その余の乙号各証の成立は認める。

二、被告

1  乙第一号証、第二号証の一、二、第三号証、第四号証、第五号証の一、二、第六ないし第九号証、第一〇号証の一ないし五

2  甲号各証の成立(第五号証の一、二については原本の存在とも)は認める。

理由

まず、本案前の抗弁である訴えの利益の有無についてみるに、更正処分に対する異議申立ては、一たんこれについて決定がなされ、その取消訴訟が提起された場合には、その異議決定取消しの判決が確定したとき、当初の異議申立てからすでに三か月を経過していても、旧国税通則法第八〇条第一項第一号の「みなす審査請求」の規定により当該異議申立てが審査請求に移行するものではないと解すべきこと、および、理由附記に不備がある異議決定はそれに固有の瑕疵があるものとして違法であるから審査請求がなされ、これに対して原処分を維持する裁決がありこれに適法な理由附記があつても、それによつて異議決定の右瑕疵が治癒されることはないのであるから、理由附記の不備を理由とする異議申立棄却決定の取消しを求める訴えの利益は失われないと解すべきことは、本件上告審判決が差戻に際してなした判断であるからこれと異なる見解に立つ被告の主張はいずれも理由がないものといわなければならない。

次に、本案について判断するに、原告が被告に対し昭和三九年四月一三日付で原処分につき異議申立てをしたところ、被告が同年七月一一日付で本件決定をし、その異議決定書が同月一二日原告方に送達されたことおよび右異議決定書にはその理由として「異議申立てについて調査したところ、理由がないので棄却する」と附記されていることはいずれも当事者間に争いがない。

成立に争いのない乙第一号証によれば、本件異議申立てにおいて、原告は、第一に原告について何の調査もしないで一方的に原処分をしたことは不当であること、第二に原告の申立に係る所得税額が過少であるとの原処分の理由は容認できないことの二点を不服事由として挙げていることが認められる。

ところで、旧国税通則法第七五条(新法第八四条第四項、第一〇一条第一項)、行政不服審査法第四八条、第四一条第一項は異議決定および審査裁決の書面には理由を附記すべき旨を規定しているが、その趣旨は決定機関の判断の慎重、公正を期し、その恣意を抑制するとともに、決定および裁決の理由を明らかにすることによつて不服申立人に原処分に対する不服申立てないしは取消訴訟の提起に関して判断資料を提供するにあると解することができる(最高裁判所昭和四九年七月一九日第二小法廷判決、民集判例集第二八巻五号七五九頁)したがつて、右書面に附記される理由の程度は不服申立人の不服事由に対応してその結論に到達した過程を明らかにするものであつて(最高裁判所昭和三七年一二月二六日第二小法廷判決、民集判例集第一六巻第一二号二五五七頁)、このことは納税申告がいわゆる青色申告によるか白色申告によるかによつて差等を生ずるものではない。

これを本件についてみるに、原告の異議申立ての事由は右認定のとおりであるから、被告は右不服事由第一の点については原処分をするに際し原告について直接調査をしようとしたが、原告の非協力的態度のため調査できなかつたので止むなく原告の取引先金融機関などにつきいわゆる反面調査をなした旨を、第二の点については右反面調査によつて得た資料にもとづき、原告の所得税額を推計した計算の過程を記載し、原告の申告にかかる所得税額が過少であることを数字的な根拠をもつて明らかにすべきである。しかるに被告は前記のように本件異議決定書にその理由として「異議申立てについて調査したところ、理由がないので棄却する。」と附記したのみであるから、法の要求する程度の理由附記がなかつたものと言わなければならない。もつとも、成立に争いのない乙第九号証によれば、本件審査裁決の書面には原告の不服事由に対応した詳細な理由附記のあることが認められるが、異議決定の右瑕疵がこれによつて当然に治癒されるものでないこと前述のとおりであるから、本件決定は違法として取消しを免れない。

よつて原告の本訴請求は理由があるから正当としてこれを認容し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八九条、第九六条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 石藤太郎 裁判官 大塚一郎 裁判官 森真二)

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